長崎原爆の日 祈りを未来へ。平和を次の世代へ|横山 ゆみひこ
- Yumihiko Yokoyama
- 8月9日
- 読了時間: 2分
【この記事のポイント】
・長崎原爆の日に寄せて、平和への思いを発信
・学生時代から長崎を訪れてきた経験と「祈り」の大切さ
・対話と外交を通じて、平和を未来へつないでいくことの重要性
──────────
81年前の今日、1945年8月9日午前11時2分、長崎市にプルトニウム型原子爆弾「ファットマン」が投下されました。当時、長崎市の人口は約24万人。約3万5千〜4万人が即死し、1945年末までに約7万4千人が亡くなったとされています。
本日、長崎市では「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が開催されました。
鈴木史朗長崎市長は平和宣言で、
「長崎を最後の被爆地に」
との願いを世界へ発信し、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を訴えられました。
私自身、学生時代からキリシタン研究の関係で長崎を何度も訪れてきました。
長崎を訪れるたびに感じるのは、「祈り」が息づくまちであるということです。
長い歴史の中で信仰を守り続けた人々の歩み、そして原爆の悲劇。
長崎というまちは、平和の尊さと、人を思いやる心の大切さを静かに語りかけてくれます。
先日、連合神奈川湘南地域連合「ピースウィーク」に参加し、私も平和への思いをお話しさせていただきました。
「信頼や平和を築くには長い時間がかかります。しかし戦争は、命も暮らしも一瞬で奪ってしまいます。未来の世代のためにも、戦争と核兵器のない世界を目指していかなければなりません。」
安全保障環境が厳しさを増す中だからこそ、日本は唯一の戦争被爆国として、対話と外交を粘り強く積み重ね、平和を築く努力を続けていくことも重要だと考えます。
戦後81年。
"祈りの地"長崎から受け継がれてきた思いを、未来へつないでいきたいと思います。
──────────
【関連コンテンツ】
長崎を訪れた際の記録をnoteにまとめています。
【参考】
・連合神奈川 ピースウィーク








コメント