8/15|戦後81年、平和をつないでいく|横山 ゆみひこ
- Yumihiko Yokoyama
- 6 日前
- 読了時間: 11分
【この記事のポイント】
・戦後81年の8月15日、辻堂駅北口で「ふじさわ・不戦のちかい平和行動」に参加しました。
・非核三原則を堅持し、「戦争をしない・させない」、対話による外交を基本に考えます。
・安保三文書の改定を注視し、日本を戦争に近づける政策や防衛増税には反対します。
・女性、子どもをはじめ、一人ひとりの命・人権・人道を守ることを安全保障の中心に据えます。
・AI、ドローン、サイバー攻撃など新しい脅威にも向き合い、「どう戦うか」ではなく「どう戦争を起こさず、人々の命と暮らしを守るか」を考えます。
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8月15日。
毎年参加している、千鳥ケ淵戦没者墓苑での「戦争犠牲者追悼、平和を誓う8.15集会」と、藤沢で行われる「ふじさわ・不戦のちかい平和行動」。
今年の8月15日は、辻堂駅北口で行われた「ふじさわ・不戦のちかい平和行動」に参加しました。
高校生平和大使をはじめとする若い世代、戦中を生き抜かれた方々、そして超党派の議員など、多くの方が平和への思いを訴えました。
私は一参加者として皆さんのお話を聞きながら、改めて「平和をどうつくり、次の世代へつないでいくのか」を考えました。
■ 祖父がフィリピンで迎えた終戦
私自身、戦争を経験した世代ではありません。
しかし、祖父はフィリピンで終戦を迎え、逃げるように日本へ帰国しました。幼い頃、祖父が時折、夢にうなされていた姿を覚えています。
その後、私は日本近現代史やフィリピンについて学び、教員になってからは、特に高校3年生の生徒たちと、戦争や平和について考え、議論する時間をつくってきました。
大学時代には地域研究(文化人類学)のゼミで、国や地域の歴史・文化について研究しました。
アジアについて学ぼうとすれば、日本による植民地支配や戦争の歴史を避けて通ることはできません。
私自身、学生時代に8月15日の韓国を訪れ、現地の学生たちと戦争の歴史とこれからの平和について話したことがあります。フィリピンにも幾度か訪れ、歴史や平和について考え、対話する機会を持ってきました。
戦争や植民地支配は、人の命だけでなく、文化や言語、生活、そして一人ひとりが大切にしてきたものに深い傷を残します。
歴史を学ぶことは、自国を否定するためではありません。
人間は状況によって、被害を受ける側にも、加害する側にもなり得る。その歴史から目をそらさず、同じ過ちを繰り返さないために学ぶことだと思います。
■ 同じ8月15日を、アジアから考える
8月15日は、日本にとって終戦の日です。
一方、インドでは1947年8月15日にイギリスの植民地支配から独立したことを記念する「独立記念日(Independence Day)」です。
韓国では「光復節」として、1945年8月15日の日本の植民地支配からの解放を記念する日です。
同じ8月15日でも、国や地域によって記憶される歴史は異なります。
だからこそ、日本からだけでなく、アジアの人々がこの時代をどのように経験し、記憶してきたのかにも耳を傾ける必要があると考えています。
■ ガザ、ウクライナ――戦争は過去の出来事ではない
そして、戦争は決して過去の出来事ではありません。
私は今年2月まで、超党派人道外交議員連盟の事務局として、パレスチナ・ガザをめぐる人道問題にも携わってきました。
外務省やNGO、WHO(世界保健機関)、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)など、現地支援に携わる国内外の関係者と意見を交わしながら、日本から何ができるのかを模索してきました。
ガザでは、女性や子どもを含む多くの市民が犠牲となり、医療、教育、住宅など、人々の暮らしを支える基盤にも甚大な被害が生じてきました。
国際NGOの活動をめぐっても、人道支援を継続するための活動環境をいかに確保するかが大きな課題となっています。
また、ガザをめぐっては、ジェノサイド(集団殺害)の成否をめぐる重大な議論が国際的に続いています。
国連人権理事会が設置した独立国際調査委員会は2025年9月、イスラエル当局と治安部隊がガザのパレスチナ人に対してジェノサイドを行い、継続しているとの結論を公表しました。
一方、南アフリカがイスラエルをジェノサイド条約違反として提訴した国際司法裁判所(ICJ)の手続きとは別のものであり、それぞれの機関の判断と法的手続きを区別して見る必要があります。
もちろん、2023年10月7日のハマスによるイスラエル市民への殺害や人質拘束も、決して正当化できません。
誰によるものであっても、市民を標的とする暴力を許さない。
私は、人権と人道を政治や安全保障の中心に置くべきだと考えています。
そして、ロシアによるウクライナ侵攻も続いています。
戦争を経験した世代から直接話を聞ける時間が少なくなっていく一方で、世界ではいまも戦争によって、多くの人の命と日常が奪われています。
■ ドローン、AI、サイバー攻撃――変わりつつある「戦争」
そして、私たちは「戦争」という言葉から想像するもの自体を更新しなければならない時代に入っています。
戦車、戦闘機、ミサイルだけではありません。
ドローン、AI(人工知能)、サイバー攻撃、偽情報など、デジタル技術が安全保障に与える影響は急速に大きくなっています。
電力、通信、交通、医療、行政、金融。
こうした市民生活を支える重要なインフラがサイバー攻撃を受ければ、前線から遠く離れた場所で暮らしていても、私たちの日常そのものが脅かされます。
だからこそ、これからの安全保障を「武器をどれだけ持つか」だけで考えてはいけないと思います。
サイバーセキュリティ、重要インフラの防護、偽情報への対応、国際的なルールづくり、そして何より、武力衝突そのものを防ぐ外交。
何を守るための防衛なのか。
その原点には、市民の命と暮らしがなければなりません。
■ 若い世代と、安全保障を考える
安全保障や非核三原則、核抑止をめぐっては、さまざまな意見があります。
日本財団が2026年3月に全国の17~19歳1,000人を対象に実施した「18歳意識調査」では、日本を取り巻く状況について「平和である」「どちらかといえば平和である」とした回答は合わせて48.3%で、2023年の調査から約16ポイント低下しました。
また、「平和である」「どちらかといえば平和である」と回答した483人に、日本が平和である主な要因を聞いたところ、「非核三原則の存在」が42.9%で最も多く、「自衛隊の存在」が34.0%、「平和主義を規定する憲法の存在」が32.5%と続きました。
平和を大切にしたいという思いと、変化する安全保障環境への不安。
その両方が、若い世代の中にも存在しているのではないでしょうか。
だからこそ、異なる意見を最初から否定するのではなく、「なぜそう考えるのか」まで含めて、若い世代とも議論していきたいと思います。
■ 私が考える、これからの平和・外交・安全保障
私の立場は明確です。
非核三原則を堅持する。
唯一の戦争被爆国である日本が、「核兵器のない世界」の実現に向けて役割を果たしていく。
そして、
戦争をしない。戦争をさせない。
そのために、対話の道を閉ざさず、外交、国際協調、国際法、軍縮・不拡散など、武力衝突に至らせないための努力を粘り強く続ける。
同時に、現実の安全保障から目をそらすつもりもありません。
サイバー攻撃、AI、ドローン、偽情報など、これまでとは異なる脅威が生まれる中で、日本がどのように市民の命と暮らしを守るのか。
従来の枠組みにとらわれず、外交と防衛のあり方を議論する必要があります。
そして、その中心に置くべきなのは「人」です。
女性、子どもをはじめ、紛争によって大きな影響を受ける人々の命、尊厳、人権、人道を守る。
安全保障とは、国家だけを守るものではありません。
そこに暮らす一人ひとりの命と生活を守るためにあるものだと、私は考えています。
■ 「安保三文書」の改定――戦争に近づける政策には慎重であるべき
そして、いま注視しなければならないのが、日本の安全保障政策の基本方針を定める「安保三文書」の改定です。
安保三文書とは、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の三つを指します。
現在の三文書は2022年12月16日に策定されました。
その中で政府は、武力攻撃が発生した場合に、相手の領域において有効な反撃を加えることを可能とする「反撃能力」の保有を打ち出すなど、安全保障・防衛政策を大きく転換しました。
そして政府は現在、安保三文書を2026年中に前倒しで改定する方針を示しています。
確かに、安全保障環境が変化していることから目をそらすべきではありません。
サイバー攻撃、ドローン、AI、偽情報など、新しい脅威から市民の命や電力、通信、交通、医療などの重要インフラをどう守るのか。
これは真剣に議論しなければならない課題です。
しかし私は、「安全保障環境が厳しい」という言葉だけで、軍事力の拡大や武器の保有、防衛費の増額が際限なく進んでいくことには強い懸念があります。
何を守るために、どこまでの能力を持つのか。
それによって周辺国との緊張や軍拡競争を高めることにならないか。
外交によって危機を回避する努力が十分に行われているのか。
そして、その政策や予算について、国民に十分な説明がなされているのか。
一つひとつ、国会と国民の前で徹底的に議論する必要があります。
私は、日本を戦争に近づけるような政策を許したくありません。
安全保障の目的は、戦争をするための準備ではなく、市民の命と暮らしを守り、戦争を起こさせないことにあるはずです。
だからこそ、安保三文書の改定にあたっても、軍事的な抑止力だけに議論を偏らせるのではなく、外交、対話、国際協調、軍縮・不拡散、危機管理、サイバー防御などを含めた総合的な安全保障を考えるべきです。
私は、非核三原則をこれからも堅持すべきだと考えます。
安全保障環境が変化しているからこそ、私たちが問うべきなのは「どう戦える国にするか」ではなく、「どうすれば戦争を起こさず、日本と世界の人々の命を守れるのか」ではないでしょうか。
■ 防衛増税には反対します
そして、もう一つ明確にしておきたいことがあります。
私は、防衛力強化のために国民へ新たな税負担を求める「防衛増税」には反対です。
2026年度税制改正では、防衛力強化の財源確保を目的として、2027年から所得税額に1%を課す「防衛特別所得税」が設けられる一方、復興特別所得税の税率を2.1%から1.1%へ引き下げ、その課税期間を10年間延長する仕組みとなっています。
政府は、この措置によって「足下で家計負担が増加しない」と説明しています。
その政府説明も含めて制度を正確に見た上で、私は、安全保障政策の必要性について議論することと、その財源を新たな税によって確保することは、分けて考える必要があると思います。
まず問うべきなのは、何のために、どのような防衛力が必要なのか。
その費用は適正なのか。
既存の歳出や予算の優先順位を十分に検証したのか。
そして、国民への説明と議論が尽くされているのか。
物価高の中で、暮らし、子育て、教育、医療、介護などへの負担感が続いています。
「防衛のためだから」という理由だけで、増税という手段に安易に頼るべきではありません。
また、東日本大震災からの復興のために設けられた復興特別所得税の仕組みと防衛財源を関連させることについても、十分な検証と説明が必要だと考えます。
安全保障を理由にすれば、どこまで国民に負担を求めてもよいわけではありません。
国民の暮らしを守ることもまた、安全保障です。
だからこそ、防衛政策の必要性、費用、優先順位、財源を一つひとつ検証し、国民に説明する政治が必要だと考えています。
■ 戦争をしない。させない。
人と人との信頼は、長い時間をかけて築くものです。
しかし、戦争はそれを一瞬で壊します。
命を奪い、家族を引き裂き、住まいや学校、病院を破壊する。
自然環境や文化を傷つけ、戦争が終わった後も、人々の心と社会に長い傷を残します。
日本国憲法前文には、
「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」
との理念が掲げられています。
戦後81年。
過去を振り返るだけでなく、いま世界で起きている戦争や紛争、そして新しい安全保障上の脅威にも目を向ける。
現実を直視しながら、それでも戦争を起こさせないために何ができるのか。
対話の道を閉ざさず、人権と人道を守り、市民の命と暮らしを守る。
先人の皆さんが積み重ねてきた平和への願いを次の世代へつなぎ、私自身も、平和を希求する政治を実現するために行動を続けていきます。
■ 藤沢から、平和の記憶を次の世代へ
今回、参考記事として、日頃からお世話になっているお三方のインタビューも紹介させていただきます。
戦争を経験された方々から直接お話をうかがい、その思いを受け継いでいける時間は、決して当たり前に続くものではありません。
お三方それぞれの経験や平和への思いを、ぜひ記事でもご覧いただければと思います。
*演説されている写真は、芝実生子さん。
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【参考|藤沢から平和を考える】
【参考|外交・安全保障・平和政策】
■ 日本財団
■ JBpress
■ 内閣官房
■ 外務省
■ 国際司法裁判所(ICJ)
■ 国立国会図書館
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