8/31|新学期。デジタル時代だからこそ、「人と人がつながる学校」を。|横山 ゆみひこ
【この記事のポイント】
・新学期は、楽しみにしている子にも、不安を抱えている子にも、それぞれのスタートがあります。
・デジタル教科書やAIが学校に入る時代だからこそ、紙とデジタル、それぞれの良さを活かすことが大切です。
・AIは先生を置き換えるものではなく、先生が子どもと向き合う時間を増やすためにも活用できるはずです。
・学校に行くことだけが、その日の「一歩」とは限りません。一人ひとりに合った学びや居場所が必要です。
・子どもを支える保護者や先生を、地域や社会、そして行政が支える教育を考えていきたいと思います。
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学校が再開し、新たな学期がスタートする児童・生徒の方も多いと思います。
部活動に明け暮れた人。
家族や友達とたくさんの思い出をつくった人。
そして、前日まで宿題に奔走した人もいるかもしれません(笑)。
それぞれの夏休みがあったのではないでしょうか。
一方、親御さんからすれば、子どもたちと一緒に過ごせる時間が増えた反面、仕事や家事との両立で、いつも以上に忙しかったという方もいらっしゃると思います。
そんな夏休みが終わり、また学校生活が始まります。
「友達に会えるのが楽しみ」「新しい学期、頑張ろう」
という子もいれば、
「ちゃんと学校生活に戻れるかな」「朝起きられるかな」「学校に行くのが少し不安だな」
と感じている子もいるでしょう。
夏休みの生活から急に規則正しい生活へ戻るのですから、まずは心身ともに無理をしすぎず、それぞれのペースで新しい学期を迎えてほしいと思います。
■ 学校にも大きなデジタル化の波
さて、子どもたちを取り巻く学校の環境も、大きく変わろうとしています。
その一つが、「デジタル教科書」です。
2026年6月10日、紙だけでなくデジタルな形態を含む教科書を正式な「教科書」として位置づけることを可能にする改正学校教育法などが成立しました。
文部科学省は、この制度改正について、
「デジタル化自体を目的とするものではなく、紙とデジタルそれぞれの良さを生かす」という考え方を示しています。
私は、この考え方がとても大切だと思っています。
大人が働く環境では、すでにデジタルが当たり前になっています。
教育現場でも、デジタルだからこそできることはたくさんあります。
例えば、音声を聞く。
動画で実験を見る。
図形を動かして考える。
離れた場所からでも学ぶ。
クラスの意見を共有する。
紙だけでは難しかった学び方が可能になります。
一方で、だからといって「すべてデジタルにすればいい」という話でもないと思います。
■ 紙か、デジタルか、ではなく
海外でも試行錯誤が続いています。
例えばノルウェーでは、学校教育のデジタル化が進んできた一方で、子どもたちのスクリーン利用や学習への影響を検証し、「本とスクリーンのより良いバランス」を模索する政策が進められています。
ここで大切なのは、「紙が正しくて、デジタルが間違っている」という単純な話にしないことだと思います。
少し話が飛びますが、私が以前働いていた〝永田町〟、つまり国会は、当時かなりの紙文化でした。
官僚の方が議員へ政策や制度を説明する「レク」では、大量の資料を紙で持ってきてくださることも珍しくありません。
その後、オンラインでのレクなど、少しずつデジタル化も進んできました。
斯く言う私自身も、秘書としてさまざまな資料に目を通しながら政策を勉強していましたが、振り返ってみると、重要な資料は印刷し、マーカーを引き、余白に書き込みながら読んでいました。
行政のDX(デジタル技術を活用して仕事やサービスそのものを改善すること)を進めたいと考えている立場からすると、少し矛盾しているようにも見えます。
それでも私自身は、「覚える」「理解する」「考える」という場面では、紙の方が頭に入りやすいこともありました。
もちろん、これは人によって違います。
だからこそ学校でも、デジタル化を目的にするのではなく、
「この子にとって、どう学ぶのが一番いいのか」
「この授業では、紙とデジタルのどちらが適しているのか」
という視点を持つことが大切なのではないでしょうか。
■ AIは学校をどう変えるのか
そして、もう一つ急速に広がっているのがAIです。
私は正直、最初はAIにかなり批判的でした。
「本当のことを答えるのか?」
「間違った情報を伝えてくるのではないか?」
そんな不安があり、使うこと自体を避けていたように思います。
では、今はどうか。
具体的なサービス名は挙げませんが、いくつかのAIを使い分けながら情報収集をしたり、文章の校閲をしてもらったり、コーディングもしています。
コーディングとは、簡単に言えば「コンピューターに、こう動いてほしいと指示を書く作業」です。
使ってみると、確かに便利。
ただし、AIが出してきた答えが正しいかどうかを最後に判断するのは、やはり人間。
教育現場では、これはさらに重要になると思います。
文部科学省も、学校現場における生成AIについて、「人間中心の利活用」を基本的な考え方として示しています。
AIにすぐ答えを出してもらうだけではなく、
「なぜだろう」
「本当にそうなのか」
「別の考え方はないのか」
と考える。
情報を集める力だけでなく、その情報が正しいのかを確かめ、比較し、自分で選択する力。
AI時代だからこそ、こうした力がこれまで以上に重要になると思います。
■ AIで、先生が子どもを見る時間を増やせないか
AIには、子どもの学習だけでなく、先生方の仕事を支援する可能性もあります。
OECD(経済協力開発機構)の国際教員指導環境調査「TALIS 2024」によると、日本の中学校教員で仕事にAIを利用したと回答した割合は約17%。OECD平均の約36%を下回っています。
一方、日本の常勤中学校教員が報告した勤務時間は週55.1時間で、OECD平均の41時間を大きく上回っています。
また、事務作業に費やす時間も週5.2時間で、OECD平均は3時間です。
AIやデジタル技術を学校へ入れる目的は、先生をAIに置き換えることではないはずです。
テストの採点や文書作成、教材準備など、機械に任せられる仕事を少しでも効率化する。
そして、そこで生まれた時間を、
子どもの表情を見ること。
話を聞くこと。
授業を工夫すること。
そんな「人にしかできない仕事」に戻していく。
先生にAIを使ってもらうこと自体が目的なのではなく、
先生が子どもと向き合う時間を取り戻すために、AIを使う。
私は、そんな使い方をしてほしいと思っています。
■ 神奈川県でも「先生を目指す人」を支える
もちろん、技術だけで学校の課題がすべて解決するわけではありません。
先生になる人を増やし、支えていくことも重要です。
神奈川県教育委員会は、2027年度から県立秦野高校と県立大磯高校で、横浜国立大学教育学部や地域の教育委員会などと連携し、「教職基礎Ⅰ」「教職基礎Ⅱ」(仮称)という科目を新設する予定です。
すでに県立光陵高校で行われている取組と合わせ、県立高校3校へ広がることになります。
高校生の段階から、
「先生という仕事ってどんな仕事だろう」
「教育に関わってみたい」
と考えられる環境をつくる。
こうした取組も、これからの教育を支える一つの方法だと思います。
■ 新学期。「今日はちょっと難しい」と言える場所を
さて、話を夏休み明けの学校に戻したいと思います。
もしかすると、
「学校に行きたくないな」
「友達に会いたくないな」
「なんとなく気持ちが重いな」
と感じている子もいるかもしれません。
文部科学省も、長い休みが明ける時期には、子どもたちの小さな変化やSOSに気づき、家庭、学校、地域、関係機関が連携して見守ることの大切さを呼びかけています。
藤沢市でも、不登校の児童生徒が安心して教育を受けられるよう、学校内の「別室」への学習支援員の配置や、学校教育相談センターの相談支援教室など、多様な学びの場や居場所づくりが進められています。
学校に行くことだけが、その日の「一歩」とは限らないと思います。
家族に気持ちを話してみる。
先生に連絡してみる。
相談できる場所を探してみる。
今日は少し休んでみる。
それぞれの子どもに、それぞれの一歩があります。
そして、何かが起きてから「相談してね」と言うだけではなく、普段から、
「今日どうだった?」
「給食、何だった?」
「最近何が面白い?」
そんな、たわいもない話ができる関係をつくっておく。
その積み重ねが、子どものいつもと少し違う表情や、小さな変化に気づくことにもつながるのではないでしょうか。
■ 「人を支えるのは、人なんだ」と感じた教員時代
少し私自身の話をさせてください。
私は以前、母校である中高一貫校の寄宿舎教員(舎監)をしていました。
少し大袈裟ですが、『ハリー・ポッター』に出てくるような寮をイメージしていただければと思います。
全国から集まった13歳から18歳の子どもたちが、生活も学習も一緒にする環境でした。
もちろん、それだけの人数が共同生活をしていれば、いろいろなことがあります。
性格も違う。
好きなものも違う。
考え方も違う。
中には、学校に行きたくないという子もいました。
家庭訪問をさせていただいたこともありますし、私には話せなくても、別の先生になら話せるという子もいました。
その経験から感じたのは、
「人を支えるのは、やはり人なんだ」
ということでした。
一人の先生だけですべてを抱える必要もありません。
親御さんだけで抱える必要もありません。
子どもを支える人を、また別の人が支える。
そんな関係を、学校だけでなく地域や社会全体でつくっていくことが必要なのだと思います。
■ 『トイ・ストーリー5』を観て考えたこと
この夏、『トイ・ストーリー5』を観ました。
ネタバレにならない範囲で書きますが、今回の作品では、おもちゃたちの前にタブレット端末が登場します。
子どもたちの「遊び」そのものがデジタルによって変わっていく。
そんな現代を象徴するような場面が描かれています。
私は映画館で一人大号泣していたのですが(笑)、観終わって改めて感じたことがあります。
デジタルは大切です。
AIにも、タブレットにも、できることはたくさんあります。
でも、子どもの表情を見て、「今日はどうした?」と声をかけること。
話を聞くこと。
一緒に笑うこと。
誰かの気持ちを想像すること。
そうしたことは、やはり人と人との関係の中で育っていくものではないでしょうか。
■ デジタル時代だからこそ、「顔と顔が見える教育」を
学校教育のデジタル化が進んでも、学校は知識だけを得る場所ではありません。
人と出会い、話し、時には意見がぶつかり、それでも一緒に過ごしていく。
そうした経験も、学校で学ぶ大切なことだと思います。
神奈川県では、今年度から公立中学校の部活動を地域全体で支えていく「地域展開」の取組も進んでいます。
これも単に「学校の仕事を地域へ移す」というだけではなく、子どもたちが学校以外の場所でも、信頼できる大人や仲間と出会える機会にしていくことが大切です。
AIやデジタルを使うことと、人と人との関係を大切にすること。
私は、この二つは決して反対ではないと思います。
むしろ、デジタルをうまく使うことで、先生が子どもを見る時間を増やす。
子どもの小さな変化に気づく。
学校と家庭、地域をつなぐ。
そんな教育のデジタル化を進めていきたいと思います。
■ 新しい学期へ
新しい学校生活が始まります。
元気に「行ってきます」と出かけられる子も、
今日はちょっと難しいという子も。
それぞれのペースで、新しい一歩を踏み出せますように。
そして、子どもたちを送り出す親御さんも、学校で迎える先生方も、本当に日々お疲れさまです。
「子どもを支える人」を、さらに社会が支えていく。
教育に関わってきた一人として、そしてこれから地域の教育を考えていく一人として、そんな環境をつくっていきたいと思います。
最後にもう一つ。
今回の記事のトップ写真には、土曜日に、藤沢市内で撮影したブドウの写真を使うことにしました。
ブドウの花言葉には諸説ありますが、「思いやり」や「慈善」という意味もあるそうです。
子どもたちにも。
親御さんにも。
先生方にも。
そして、地域で暮らす一人ひとりにも。
相手のことを少し想像し、少し思いやる。
そんな気持ちを大切に、明日からも過ごしていきたいと思います。
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【参考資料・出典】
■ 文部科学省
■ 文部科学省
■ OECD
■ 神奈川県
■ 藤沢市
■ Disney
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